ベッリーニ(1801-1835)

ベッリーニ(1801-1835) レビュー一覧

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商品ユーザーレビュー

152件
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  • あまり知られていない作品だが、ベッリーニらしい個性...

    投稿日:2023/02/13

    あまり知られていない作品だが、ベッリーニらしい個性は既に七分〜八分咲きくらいの印象で、清新で心地よい音楽を存分に堪能させてもらった。Salome Jiciaという歌手を初めて聴いたが、素晴らしい技巧と表現力を兼ね備えた美声のソプラノで、これだけでも十分購入した価値があった。 ウーゴ・デ・アナの演出は、コロナ禍も関係しているのだろうか、哲学的と言えば少し大袈裟だが、何やら意味深長で暗示的な舞台である。演出家本人による説明でもあれば納得できる部分もあるのだろうが、そうした特典映像もついていないし、解説書にもそこへの言及はなかったので、私の生半可な能力ではなかなか理解できない部分も多かった。自分はオペラの舞台には何よりも美感を求めるタチなので、この手の演出はどうも苦手だ。 というわけで、作品=4、歌手=4.5、演出=2で、日本語字幕付きという点も勘案すると、総合的には星4つくらいが適当か?

    グー さん

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  • 女声二人ラドヴァノフスキーとディドナートの出来が素...

    投稿日:2022/08/03

    女声二人ラドヴァノフスキーとディドナートの出来が素晴らしく、男声二人カレヤとローズは決して悪くはないものの霞んでしまうほどです。METの常連リッツィがこの作品にかける熱意は並々ならぬものがあり、オケとコーラスから力強く、かつ美しい演奏を引き出しています。画質・音質とも良好です。

    好事家 さん

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  • ベッリーニ26歳の力作。ただし、3年後のベッリーニ傑...

    投稿日:2022/03/24

    ベッリーニ26歳の力作。ただし、3年後のベッリーニ傑作の森「カプレーティとモンテッキ」「夢遊病の女」「ノルマ」と比べるとベッリーニならではの旋律美がいささか足らず、それがあまり上演されない原因になっていると思う。今回ベッリーニ生地カターニアでの録音はヒロインを歌うラトヴィアのソプラノ、マリナ・レベカが自らプロデュースしたセッション録音。わざわざ「これはライヴではありません」と書かれている。それだけ用意周到に行われたものだけあって驚くべき高水準な演奏になっており、作品の欠点を吹き飛ばす。レベカもド迫力だが、メキシコのテノール、カマレナの高音連発も凄い。他の歌手も皆大変優れており、カターニアのオケ、合唱も文句なし。優秀録音。20年くらい前、イタリアの地方でのオペラ録音は一人優れた歌手がいて、あとはそれなりののんびりしたものが多かったが、今はレベルが違う。更に、装丁、対訳付きのブックレットも大変結構で、制作者のCD愛に満ちている。ベルリン・フィル制作盤のような高額でもないし。こういう素晴らしいCDをすぐ廃盤にしないことはできないだろうか。

    フォアグラ さん

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  • 「夢遊病の女」の舞台映像は4つ見たが、私は総合的に...

    投稿日:2021/07/21

    「夢遊病の女」の舞台映像は4つ見たが、私は総合的にはこれが一番良かった。その第一の要因は何と言ってもスイスの自然を表現した舞台の美しさだ。変なおふざけもなく、哲学的な意味合いを求めて深読みする必要もない、ただただ美しいだけの舞台。ベッリーニの極上の音楽にはそれだけで十分ではないだろうか?こういう本来なら当たり前のはずの演出が近頃少ないだけに逆に新鮮に感じた。アミーナはエヴァ・メイが一番上手いと思ったが、このグティエレスという歌手は、明るい鈴のような美声のメイとは対照的に暗めの声が印象的だ。シラグーサはメトロポリタンのフローレスと甲乙つけがたい。アライモの安定感もさすが。願わくば、こういう演出でロッシーニの「ウィリアム・テル」を見てみたいものだ。

    グー さん

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  • ある意味真面目に取り合ってはいけないのがベッリーニ...

    投稿日:2021/07/18

    ある意味真面目に取り合ってはいけないのがベッリーニというものだと思うのだが、その考え方で言うと「清教徒」はともかく歌唱を聞くもの、だと思う。そういう意味ではこのディスクは何はともあれパヴァロッティを、Ah te o caraを聞くべきであって、その為だけに持つ価値のある録音だと思います。パヴァロッティはアリア単独での録音もあるのですが、この全曲盤での歌唱も実に見事。サザーランドは、勿論いいのだけれど、まぁ、ともあれパヴァロッティです。

    Verdi さん

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  • グルベローヴァ55歳の舞台、エルヴィーラを歌うには若...

    投稿日:2021/03/19

    グルベローヴァ55歳の舞台、エルヴィーラを歌うには若くはないが、全く衰えはない。この翌年ボローニャ歌劇場と来日してエルヴィーラを歌い、さらに10年以上この役を歌っていた。 コンチェルターテでオーケストラと合唱の中を切り裂くように突き抜けるパワーと、一方で弱音のゾクゾクする程の張り詰めたコントロール、切れ味の良いアジリタ、どれも素晴らしい。 ホセ・ブロスも好調で輝かしい声、逡巡するアルトゥーロの心情の表現など充実した出来だ。第3幕の二重唱は実声ギリギリまで頑張ったがFには届いていない。 オルフィラのジョルジョは声は充分だが、もう少し表現力が欲しい。 ハイダーは当時グルベローヴァのパートナーで、来日公演でも指揮した。オペラを心得た適切な指揮、小気味良いテンポで歌手を引き立てる。 良く行われる範囲での慣習的なカットや変更がある。

    Cherubino_492 さん

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  • ディドナードのロミオもキャベルのジュリエッタも、憂...

    投稿日:2020/03/12

    ディドナードのロミオもキャベルのジュリエッタも、憂いが乗った声で繊細さと伸びやかさが両立している。二重唱が重要なこのオペラで、二人の陰影に富んだ表現は聴かせどころだ。ピルグは新国立劇場のネモリーノやウェルテルで日本での人気も急上昇、ここでのテバルトも輝かしい声と端正な表現で魅了する。ルックスも良いのでクリスチャン・ラクロワの衣裳が良く似合う。指揮のフリッツァは、オーケストラからイタリアの響きを引き出すのに成功している。演出は舞台の作りも所作も様式的なもので、その範囲では美しい。リアルから離れた世界感なので、最後の捻ったまとめ方も納得できる。ただ第1幕のジュリエッタのアリアで、洗面台みたいな所によじ登って歌わせたのは歌い難かったと思う。

    Cherubino_492 さん |60代

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  • なんと美しいメロディーにあふれている作品だろう。 ...

    投稿日:2019/10/30

    なんと美しいメロディーにあふれている作品だろう。 この美しさはドニゼッティにもヴェルディにもプッチーニにもない。 また、パヴァロッティとギャウロフの美声に酔いしれることが出来る録音でもある。 サザーランドもここではそれほど癖の無い歌い方をしている。

    ユローヂィヴィ さん

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  • グルベローヴァの声質が低音から高音まで気持ち良いく...

    投稿日:2019/06/11

    グルベローヴァの声質が低音から高音まで気持ち良いくらいにまっすぐに伸び、圧倒的な技巧をお持ちであることはそのとおりだとおもいます。 しかしこの人の映像についていけません。こじんまりした顔つき。強い<i>の発音のとき、上の歯が出て、深刻な場面でも笑ったような顔になります。AIロボットのようなギクシャクした動きにも抵抗を感じます。レガートな動きができないようです。なので観ていて感情を移入できません。 オペラ歌手は容姿よりも歌で評価すべき、という説はその通りなのですが、この人の演技、表情だけはついていけません。 というわけで、この人は、私的には、最高のコンサート歌手だと思っています。

    haru さん

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  • もともとはネトレプコ主演をあてにして企てられたプロ...

    投稿日:2018/08/23

    もともとはネトレプコ主演をあてにして企てられたプロダクション。現在の彼女の声を考えれば、ネトレプコが降板したのは当然だが、代役ヨンチェヴァは大健闘、パッパーノも毎度ながら確かな仕事ぶりを見せている。にもかかわらず、新たなクリティカル・エディションに基づくバルトリ主演、アントニーニ指揮による画期的な録音が出た後でも(同じコンビによるザルツブルクでの上演が録画されなかったのは痛恨事だが)、ノルマ(ソプラノ)、アダルジーザ(メゾ・ソプラノ)という旧来の形での上演をまだ続ける意義はあるのか、という根本的な疑問を提起する上演になってしまった。 現代化演出は残念ながら失敗。キリスト磔刑像を積み上げて作られた森の造形や「カスタ・ディーヴァ」の間に香炉を揺らすといったスペクタクルな効果には、確かに見るべきものがある。しかし、その大道具にしても「ドルイド教とキリスト教は対立関係にあるはずだが」といった当然の疑問に演出家は全く無頓着。そもそもこのオペラの台本には「ヒロインが敵将と通じて子供まで作っているのが、なぜ何年もバレない」といった、この時代のオペラらしい「おおらかな」所があるのだが、「大昔の話だから」ということで、かろうじて了解されていたのだ。それを何の工夫もなく、時代だけ現代に移すと、台本の無理な部分が至る所で露呈されてしまう。演出家は「現代にもそのまま通ずる話」と主張するが、エンディングを少し唐突に変えたぐらいで、この話をそのまま現代化できると思うのは、考えが甘い。なるほどNormaは(恋人、子供に対する)愛と社会や宗教の規範(Norm)の板挟みになるが、ジハードを唱えて自爆テロをする人々はまだいるとしても、宗教上の人身御供を許容する社会がもはや地球上どこにもない以上、現代化にあたってはもっと慎重にプランを練るべきだった。ガナッシは声楽的には文句のないアダルジーザだが、どう見てもノルマより年増に見えてしまうのは、このような映像作品では致命的。この問題がクリアされない限り、従来版の上演はやはり難しいと改めて感ずる。ポルリオーネがノルマからアダルジーザに心を移すという根本設定に説得力が欠けるからだ。カレヤは最初のアリアで危ない箇所があるが、その後は歌に関しては無難。ただし、演技の方は大根なので、土壇場での「改心」などは、はなはだ嘘っぽい。これも台本の欠陥ではあるが、そこを何とかそれらしく見せるのが、演出家の手腕であろう。シェラットはノルマの父親に見える必要があるという「見た目」重視の起用かもしれないが、すでに声の力を失ってしまっていて、歌に関しては論外。

    村井 翔 さん |60代

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ありがとうございました

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